K.T.C.C

映画とか洋ゲーの冒険記です。大体端書。

【70周年】1945年7月16日人類初の核実験とバガヴァッド・ギーター

70年前の今日、つまり1945年7月16日にアメリカ合衆国ニューメキシコにおいて、人類史上初の核爆弾の起爆実験が行われ、成功した。

 

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ロバート・オッペンハイマー率いる「マンハッタン計画」により産み出されたこの兵器の最初の爆弾の名前は「トリニティ」。後に長崎に投下された核兵器「ファットマン」と同型の「プルトニウム型爆弾」だった。そして「ファットマン」による死者は7万人以上とされている。

 

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アメリカ空軍博物館に展示されている「ファットマン」の模型:筆者撮影

 

実験日当日、朝早くから科学者や軍人達はニューメキシコ・アラモゴードの砂漠に集まり、爆心地から16km離れた地点から爆発を見学する。当時、実際にどのような爆発が起こるかは学者の間でも意見が割れており、ニューメキシコ州が消滅すると考えた者もいたらしい。誰もが固唾を飲んで見守った、というのは想像に難くない。

 

 

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*2

 

そして午前5時。人類初の核爆弾「トリニティ」は起爆した。

そしてオッペンハイマーは"It worked"とだけ言ったとされる。

また後年、彼はこの時爆発を眺めながら、とある詩の一節を思い出していた、と語った。

If the radiance of a thousand suns were to burst at once into the sky, that would be like the splendor of the mighty one...*3

 

それから1ヶ月も経たないうちに、2発の核兵器が実際に使用される。

 

* * * * * 

 

オッペンハイマーは1965年、亡くなる2年前にあるテレビインタビューを受けている。

 

 以下がそのインタビュー文である

We knew the world would not be the same. A few people laughed, a few people cried, most people were silent. I remembered the line from the Hindu scripture, the Bhagavad-Gita. Vishnu is trying to persuade the Prince that he should do his duty and to impress him takes on his multi-armed form and says, "Now, I am become Death, the destroyer of worlds." I suppose we all thought that one way or another.

*4

 

 

最初に紹介した詩、そしてこのインタビューにおいて、オッペンハイマーはインドの聖典『バガヴァッド・ギーター』について引用している。年老い、癌に侵され死の陰りも見て取れるオッペンハイマーが何故『バガヴァッド・ギーター』について語ったのか。彼についてもう少し見てみたい。

 

オッペンハイマーは1904年に生まれ、1967年に咽頭がんで亡くなっている。ヘビースモーカーだった。幼少より天才で、大学では工学における卓越した能力に加え、語学にもずば抜けており、1933年の29歳の時にカリフォルニア大学バークレー校でサンスクリット語を学び、『バガヴァッド・ギーター』を原書で読んでいる*5。オッペンハイマーは物理以外の学問にも異常なほどの関心を示し、宗教、特に宇宙的な言説が多いヒンドゥー教に大きな興味を抱いていた。

ヒンドゥー聖典の中でも最も重要とされているこの詩が、オッペンハイマーにとって人生に影響を及ぼす程、学んでから30年以上たっても尚脳裏に焼き付く程、重要だったのだろうか。

 

百聞は一見にしかずということで、上村勝彦訳『バガヴァッド・ギーター』(1992年、岩波書店)を読んだ。『バガヴァッド・ギーター』を実際に読んでみると、なんとなくオッペンハイマーが考えていた事がわかった気がした。

 

『バガヴァッド・ギーター(以下ギーター)』については、インド哲学はおろか宗教史にも詳しくないので割愛するとして、印象に残った部分を記す。

話としては、自分の兄弟たちと戦争をすることになり、戦意喪失した人間の王子であるアルジュナと、彼の助言役であった神であるビシュヌ=クリシュナの対話を周りにいた者が書き記した、という体の問答集である。成立は紀元1世紀とされる。

内容は、流石にいきなり読んで理解できるほど平易なものでは無く、よく分からなかったが、マルクス=アウレリウスの『自省録 (岩波文庫)』のように「人間として高次に位置するためにはどうするべきか」「卑しい人間とは何か」のようなエリートの自己意識を高めるような内容だった。しかし、注と解説に詳しいく、なにより「異常に論理立ってる」ので読み応えはあると思う。

 

 

ともあれ、以下の部分が印象的だった。

 

仮にあなたが、すべての悪人のうちで最も悪人であるとしても、あなたは知識の方舟により、すべての罪を渡るであろう。(55頁)

  

・・・私は全世界の本源であり終末である。私より高いものは他に何もない。アルジュナよ。この全世界は私につながれている。宝玉の群が糸につながれように。

 

そして11章では、アルジュナに請われ、クリシュナが真の姿を神の力を用いて人間であるアルジュナに見させる様子が描かれる。

 

もし天空に千の太陽の輝きが同時に発生したとしたら、それはこの偉大なお方の輝きに等しいかもしれない。(95頁)

これが、オッペンハイマーがトリニティの爆発を見て思い浮かんだとされる部分である。

直接的な比喩として、「昼間よりも明るかった」というトリニティの火球に明白に相対する。

 

「私は世界を滅亡させる強大なるカーラ(時間≒死、運命)である。諸世界を回収する(帰滅させる)ために、ここに活動を開始した。たといあなたがいないでも、敵軍にいるすべての戦士たちは生存しないであろう。それ故、立ち上がれ。名声を得よ。敵を征服して、繁栄する王国を享受せよ。彼らはまさに私によって、前もって殺されているのだ。あなたは単なる機会(道具)となれ。アルジュナ。」(98頁)

 

アルジュナは、クリシュナの真の姿を見て恐れ慄き、ただただひれ伏すだけであった。

 

* * * * *  

 

ーターを読む前は、オッペンハイマー自身が自らをクリシュナに掛けあわせ、原爆を作った事実を「われは死なり」と述べたものだと思っていた。インタビュー映像からも、非常に沈痛ながらもある種恐ろしい冷酷さのような雰囲気を感じていたのかもしれない。

 

しかし、実際にギーターを読んでみると、全く逆の印象を抱いた。つまり、オッペンハイマーは自らを戦争において戦意喪失しかけている(いた)「アルジュナ」と重ね、自らが創りだした原爆=「トリニティ」をクリシュナ、或いは宇宙の真理により近い原子力工学そのものとして捉えたのだろうと。無論、今後使われる相手=日本を念頭におき、間違いなく甚大な被害を出すことも、自分が関わろうが関わらまいが必ず行われるという思いもあっただろう。それはまさにクリシュナがアルジュナに対して述べたことである。(訳注に以下の文言:「敵達はすでに死ぬ運命であるが、直接的に手を下す者が必要である。アルジュナにその役割を果たせと命じているのである。

 

本文中に散見される「立て、アルジュナよ」「闘え、アルジュナよ」のような文言はまさにオッペンハイマーを鼓舞するもので、ある種の自己正当化に大いに役立ったのではないだろうか。もちろん、状況的に圧倒的な核の力を実際に目の当たりにして、その顛末はともかく、まさに自分がギーターにおけるアルジュナとピタリと合う、という点に気付き、唯それを述べただけなのかもしれない。

 

無論、晩年のオッペンハイマーは大いに核戦力に反対したし赤狩りの余波をモロに受ける。それらを経験して尚、インタビューに以上のように陳述したのは、もやは抗え得ぬ大きな力=クリシュナにとっての自分=アルジュナが、本文にあるように核を開発するただの「機会」に過ぎなかった、と諦観していたのかもしれない。

 

もっと言えば、「蛾が大急ぎで焼火に入って身を滅ぼすように、諸世界は大急ぎであなたの口に入って滅亡する。」(11章、97頁)とあるように、核による世界の終焉を本気で危惧したのかもしれない。実際、表現的にも「あなたは全世界を遍く呑み込みつつ、燃え上る口で舐めつくす。あなたの恐ろしい光は、その輝きで全世界を満たして熱する。ヴィシュヌよ。」(同)と、今考えれば冷戦時代に際限の無い核競争が行われ、デフコンも2まで引き上がったという事実に、全く当てはまる見事な表現で、ギーターを原文で読むほどに心酔していたからこそ、その未来図を予想出来たのかもしれない。

 

 

 

何れにせよ、70年前の本日、最初の核兵器「トリニティ」は起爆し、成功した。どのような思いがあったのかは別として、オッペンハイマーによる2000年前の詩『バガヴァッド・ギーター』の引用はまさに的を得た、歴史的な引用だったことだけは間違いない。

 

 

先般、イランと米国の間で核に関する歴史的な合意が成された。

一方、米国のロッキード・マーティン社のR&D部門は先進的な核融合システムの概要を発表したばかりである。

『ギーター』が再び引用される時が、また訪れるのかもしれない。

 

 

バガヴァッド・ギーター (岩波文庫)

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 19章からなる非常に短い詩で、3時間あれば読めることは読める。

大半が注と解説からなる。本文は、筋は通っているので読みやすい。

 

 

A Thousand Suns

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オッペンハイマーのギーター引用は、それだけでカルチャーにもなっている。

最初の引用、「天空に千の太陽が〜」はそのままリンキン・パークのアルバム名と曲になっている。

 

 

EMOTION the Best 地球少女アルジュナ Director's Edition DVD-BOX

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インド哲学、ヒンドゥー哲学について、アルジュナとクリシュナをモチーフにした意欲的なアニメとして、これは紹介しなければならない。

 随分昔に見たので定かではないが、オッペンハイマー的な意図もあったのかもしれない。