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映画とか洋ゲーの冒険記です。大体端書。

塚本晋也『野火』感想:終戦記念日渋谷トークショー

塚本晋也『野火』

 

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相当のゴア表現は覚悟していったが、予想通りかなりグロかった。正直何故12禁で済んだのか全く理解できない。と言っても、自然状態で見受けられるような、良く言えば「自然な」グロさなので、見るに耐えないようなシーンはそこまでなかった。

米兵も殆ど出てこなかったので、純粋な憎しみによる残虐なシーンなどが無い。有るのはあくまでも巨大な力によって只々押しつぶされていくだけの日本兵の姿のみである。

例えば、航空機の機銃で上顎から上が吹っ飛ぶ・焼け焦げて体組織が炭化硬直してる・生首が串刺しで晒されている・機関銃の掃射で肢体断裂・脳脱・飛び散る眼球などなど・蛆にたかられる死体。腹が裂けて大量の吐瀉物のようなものが飛び散る等々

 

 

更に言うと、自主制作映画のためか、出血などのCGがそれとわかるので、鑑賞中でもその都度「作り物」であることを思い出させてくれて安心出来る、といこともまた挙げておきたい。と言っても、特殊メイクはかなり気合が入っており、個人的には最近観た邦画の中ではダントツでグロかった。ただ単に、血とか臓器とか、人間の中身が外に飛び出ているだけなのだが、それでも絵的には非常に効果的に描かれているので、見応えは十分にあると思う

 

見ていてとにかく辛くて辛くてしょうがない、という映画ではないが、見ていて非常に消耗する映画であることには間違いない。逃げ出す程ではなく、目を逸らしたくなるような内容では無いが、とにかくダルい。内容がつまらなすぎてダルいのではなく、消耗するのである。出口の見えなささ、これに尽きる。

 

南方戦線の人的損失のほぼ全てが餓死と病死、兵站の圧倒的彼我の差等々、帝国陸海軍の惨状を織り込んでも、この戦線の無味乾燥感・無意味感は底なしだな、と改めて思った。本当に何がしたかったのか。

 

*  *  *

 

 

直前に見た映画が「ドローン・オブ・ウォー」だったので、同じ戦争映画でありながらその180度のギャップに驚く。本作では徹底的に地に這いつくばり、常に泥にまみれた極めて「汚い」戦争が描かれている。(戦ってないが)

 

 

登場人物達は常に腹をすかせており、見ていて自分も腹が減った。最初から最後まで腹をすかせ続けているので、最後に肉を食らうシーンを見てもそこまで嫌悪感を抱かなかったのが正直なところだ。そこまでに、この映画は究極的な空腹感を完全に表現しきったと思う。映画を見終わったあとは、とにかく肉と芋が食いたくなった。

 

ちなみに、カニバリズムに関する描写だが、最初は「サル」の干し肉、次いで「肉片」だとか「腕」などに大型化・具体化していく。別に肉を食って「感想」を述べるとか、そういう描写はない。だが、別に肉を食うこと自体をぼかしたりはしてないので、飢えた兵隊が「肉」を食っている、以上の説明は画面では成されてない。レクター博士のように調理するわけでもなく、むしゃぶりつくだけなので、背徳感も何故かそこまで感じられない。個人的には。

 

とまあ、以上の事もあり、登場人物達は常に非常にダルそうにしている。戦意などとうに喪失しており、士気を感じた事は一度もない。ある意味、この映画は戦争映画ですら無いのかもしれない。戦争映画ではお決まりの「大義」、何の為に戦うのか、誰かを守るだの何だのご高説を垂れる輩は、この作品には出てこない。死に対しての抵抗、或いは生への執着も余り見られない。つまるところ、この日本兵たちが何をしているのかが、良く分からないのである。

 

 

とにかく塚本晋也の演技が物凄かった。通常状態の塚本氏からは全く想像出来ない演技と表情を見せるので、とにかく驚く。完全に他の演者を食ってるな、という印象は受ける。特に上手いな、と感じたのが芋で腹を壊すシーン。「アッ…ッッテテ…」というあの微妙な感じの演技はなかなか出来ないというか、映画っぽくないなあと思った。俺も腹痛になった時、あんな感じになる。

 

 

*  *  *

 

 

 

終戦の日は特別に25歳以下500円ということもあり、当日は満席だった。また、塚本晋也監督が上映後にティーチインするということで、立ち見がかなり多かった。俺は、この映画は絶対立ち見で見たくないと思った。

とにかく、ティーチインではさっきまでスクリーンで主演をしていた人が実際に目の前で解説したりするのだが、およそ同じ人間だったと信じる事は出来ないだろう。それぐらいのギャップがあった。

 

森君は丸かった。柔和ってヤツ?

 

 

 

 

野火 (新潮文庫)

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